佐賀バスジャック事件(4)

承認を常に求める“まじめないい子”に共通する“承認不足”は、この時代に生きるわれわれの多くが共有している問題であることを以前述べました。そこから生じる不安に対抗するため、頑張れば何でもできるというパワー(力)幻想を多くの人が信仰しています。そして自分の心身と相談することなくかたくなに「かくありたい」という自我理想にこだわり続けます。そのようにして多くの人が極端な自己コントロールを行い、破たんして罪悪感を高め、顕著な暴力性をもった他者コントロールに走っているのです。バスジャック少年もまた、家庭や学校、そしてネット上などで、いつも自分の身の丈以上の虚勢を張っていました。

《ネット上で》

昨春、少年は第二志望の進学校に入学したものの、すぐに不登校、ひきこもり状態となります。そして夏ごろから始めたインターネットにのめり込み、その中で際立った攻撃性で人目をひくようになっていきました。「キャットキラー(猫殺し)」と名乗った少年は「勝負しろ」「ぶっ殺してやる」「俺の勝ちだ」などの言葉を吐き続けます。また自分のプロフィールとして「身長179cm」(実際は165cm)とか「親の財産約10億円を相続する予定」などとも書き込みます。興味深いのは、パソコンに不慣れな少年が「1000番目の書き込み番号をとった者が勝者だ。どうせ僕の勝ちだろうがね」と勝手に宣言し、徹夜で999番目までを書き込んだ末、他の人にあっさり1000番目をとられてしまうような出来事です。これなどは少年の能力に見合わない無理なつっぱりに対する周囲の意地悪な反応であり、腰椎(ようつい)骨折の一件と類似しています。彼のいう“いじめ”とは、このようなことの繰り返しを指していたのかもしれません。ネット上でも「弱いくせにいきがるな」「お前が一番うざい」「存在感なし」といった言葉を周囲から浴びています。

殺人罪に問われた犯行当時19歳の男性が、自分の顔写真を掲載した月刊誌を相手取って起こした裁判で、一審で原告勝訴、高裁で逆転敗訴の判決が出たことがネット上で話し合われていた時、少年は以下のように書き込んでいます。「この裁判官を更迭せよ!最高裁よ、高裁判決を棄却しろ!この裁判官を弾劾しろ!弾劾裁判にかけろ!」「かかってこい少年批判者。少年は偉い!これ定説。少年法の保護を受けない少年嫉妬野郎はトイレでキバッテロ!」

《倒錯状態の中で》

家庭内暴力児に顕著に認める「甘え」と「攻撃性」がこの発言にはそのまま表現されています。これは「小遣いくれないとは何事だ。こんな親は親ではない。殴られて当然だ。子どもは偉い。小遣いもらう権利のない大人はひっこんでいろ」といっているのと同じです。このようなフザケた言動が、少年を“腫(は)れ物”扱いしていた彼の家庭では恐らく日常化していたことが想像されます。まさに飼い犬におびえ、支配されているような倒錯状態です。このような状況が、自分の圧倒的なパワーを対外的に示す必要性に迫られていた少年の「“デカい一発”で周囲にアピールする(例えば酒鬼薔薇のようになる)」という妄想に対するブレーキを甘くしてしまったと考えられます。

山陰中央新報連載(平成12年9月23日付)より