第65回 コミュニケーションを考える(8)~岐路に立つ学校~

 今学校現場で起こっている不登校や学級崩壊というものについての解決策を考えるとき、なぜこのような問題が生じたかというより、なぜこれまで生じてこなかったのかということを検討した方がいいと思います。
 これまでの学校は「右向け右」「みんな一緒」という世界です。「みんなでこれをしよう」といわれて何十人もの子どもが一斉にそれをやるなどということは「通常」では考えられません。これまで何ゆえにそんな「おかしなこと」が成立していたのでしょう。

 

《なぜ毎日登校できたのか》

 戦後の夢と希望は「物質的豊かさ」に向かっていました。より良い学歴というものがより良い人生の必要条件であると多くの人が考えました。「学校的価値観」が学校から街の隅々、そして家庭にまで拡散し、さらにそれは地方から都市へと人を動かし、地域共同体は徐々に力を弱めました。
 従来存在した地域共同体がもっていた学校的評価とは無関係に子どもを承認する能力も弱体化してしまいました。子どもの生活圏で出会う大人たちは教師でもないのに彼らを学校的尺度(成績やその学校の偏差値など)で評価するようになったのです。
 そして核家族を支える母親の方もまた女性に教育機会が開かれたのにも関わらず「良い嫁、良い妻、良い母でいたら許してやろう。仕事をするにしてもそれをしてから」とでもいっているような男性優位の不平等社会に直面していました。企業も税制も年金制度も女性の社会的活動や達成を阻む社会システムの中で、「企業戦士の夫を支え、次世代の優秀な企業戦士を育てる」ということが女性の本分とされました。このような状況の中で自分の子どもの学校的尺度における“達成”が母親の自己不全感からくる不快を払拭し、達成感を得ることのできる数少ないツールとなりました。教育ママであったり、満たされていない「かわいそうな母」であったりする彼女らはその顔色で子どもを支配しました。
 自分で興味をもって自発的に踏み出したわけでもないこと、すぐに達成感が得られない面白くない作業を子どもたちが黙々とこなしていた理由は以上のようなことが背景にあったからでしょう。子どもたちは社会全体の「頑張ったら未来が開ける」「頑張らないと親に迷惑をかける」などの意味づけを橋渡しに、日々学校に行き、終日板書をノートに写したり、整列したりすることができたのです。

 

《不登校・学級崩壊という現象》

 現在の日本の学校のスタイルは基本的には軍隊です。「兵」を企業戦士に置き換えただけのシロモノであり、富国強兵時代と変わりありません。戦後の経済戦争という戦時下で国家総動員法が施行されているような状況の中で成り立っていたものです。そのような学校というものに転機が訪れていることだけは確かでしょう。その兆候が不登校や学級崩壊であると考えられます。「挙国一致」「みんな一緒」という体制が転機を迎えたとき、今後の方向性にはどのようなものがあるのでしょうか。次回も考えていきたいと思います。