第137回 幸福への処方箋(上)~「合理的な幸福」がもたらす不幸~

《滅びに向かう人類》

 元来生物は自分の生存にとって都合のよい方向へ導くように「感覚」が生じてきます。水分が足りねば喉が渇き、必須栄養素が不足すればそれを含んだ食品を欲します。そのような内的な感覚に従って個々の生命体が行動すれば、個々の生命体の体内バランスも保たれ、さらに多数の生命体が構成する集団においても適切な秩序が生まれます。そのようにして地球上には40億年もの長きにわたり生命は維持されてきました。私たち人類も500万年程度の歴史しかありませんが、地球における多様な生命の一つを構成してきたのです。
 しかし年々危機的になっていく地球規模の環境破壊、国内外の社会情勢、そして個人の心身状態を冷静にみれば、このままバランスをとりつつ悠久の時が流れるとはとても思えません。もはや人類が滅びに向かう「カウントダウン」は始まっているように感じられます。

 

《合理的思考が調和を破壊する》

 筆者のこれまでの連載は個人と社会のアンバランスを常に一つの視点からみつめてきました。その視点とは簡単にいえば「共生」です。人類の危うさは、概念と道具を発達させ、それらを用いた合理的な行動をとることにあります。「内的な感覚」が伴わないそれらの行動は、生態系、人間社会、個人の心身のバランスなど全てのレベルで大きなダメージを与えてしまう極端なものになってしまいやすいのです。
 現代人はすべてを合理的にコントロールしようとします。ですから自分も他人もまるで「商品」のようにみてしまいます。高い評価を目指してやみくもに頑張ったり、それに疲れると「生きている価値などない」「自分には生きがいがない」などとつぶやきます。若者がホームレスの人を「ゴミ」として殺してしまう一方で、「絶対的な生きがいや評価」を求めて自称「最終解脱者」の髭づら中年を教祖に祭り上げます。米国は身勝手な動機から、フセインを「悪」と規定して「正義」のために戦争をしかけ、攻撃による直接被害者だけで1万人以上ものイラク民間人の命を奪っています。そしてその戦争をわが国の首相は世界の先頭に立って支持し続けています。
 すべては目先の目的に向けた単純な白黒思考がヒトの自然な感覚やものの見方を極端に歪めてしまっていることが共通しています。「良いこと」を単純に押し進めてしまうこのような合理的な態度が、地球環境のバランスを破壊し、国内外の社会秩序を乱し、人と人との調和を損なっているのです。

 

《アレルギー性疾患と自己免疫疾患》

 自分と非自己との調和が人間の合理的思考により乱れてきた兆候は人間の身体にも生じてきています。数十年前にはみられなかったアレルギー性疾患が急増しています。アレルギーとは食物やほこりなどの無害な異物に対する過度な免疫応答に伴って生じます。花粉症やアトピー性皮膚炎、気管支喘息など、以前はほとんどなかった疾患が、非常にありふれたものになっています。また、自分自身の一部を「異物」として免疫応答がなされ、種々の障害がひきおこされる自己免疫疾患も増加しています。自分自身を自分の免疫が攻撃してしまうのですから予防は不可能であり、感染症にならない程度に免疫を薬で抑制するなどするしかありません。
 これらの疾患が近年激増した理由はさまざまなことがいわれています。寄生虫を完全排除するなど、過度な衛生管理と清潔志向がアレルギー性疾患急増の原因ではないかともいわれています。いずれにしても寄生虫や細菌がうようよいる川で日常的に水遊びをしているような地域の子どもにはアトピーもなければ気管支喘息もありません。
 現代人の合理的な「邪魔な存在は排除する」という姿勢は、「共生」に必要なバランスを損ない続けています。地球環境から体内環境まで、さまざまなレベルでのアンバランスが現在次々と表面化しているのです。それでは心のバランスにはどのように影響しているのでしょう。次回はこれを考えていきたいと思います。