第58回 コミュニケーションを考える(1)~ハイテク時代のコミュニケーションの重要性~

《個人の力を増幅するハイテク》

 9月に起きた米同時多発テロに対する報復として米英両国のアフガニスタンへの攻撃が始まりました。最富裕国と最貧国の戦争は20世紀の中途までであるならば一方的な結果になることは明白です。しかしハイテク社会の現在、果たして米国の思惑通りにいくかどうかは非常に疑わしい状況です。
 ハイテクには限界がなく、止めどもなく人々の力を増幅します。その恩恵は普通の市民だろうとテロリストだろうと区別なくもたらされます。瞬時の情報交換とその処理、高速での移動などは世界中の暴力的原理主義者のネットワークを可能にします。さらに生物化学兵器などはウソのような安価で造れます。オウム真理教の地下鉄サリン事件などを思い出していただけば納得して頂けるでしょう。核兵器にしても材料さえ揃えばいまや大学院生の卒業制作レベルのもののようです。
 つまりハイテク社会というのは、誰もがその気になれば何万人規模の人間に甚大な被害を与えることがそれほど難しくない状況を生み出しているといえるのです。

 

《ハイテク社会の基盤は「信頼」の共有》

 このように普通の個人が甚大な被害を社会にもたらしうる可能性が常に存在するのがハイテク社会です。それが存続する前提となるのが「(いくら可能であっても)こんなことを人間はしないだろう」という安心感、信頼感を人々が共有していることです。さもなければ安心して公共交通機関を使えないばかりか、外食を利用することすらできません。大量・安価を可能にしたハイテクは、大量・安価な殺戮機会を同時に提供するものでもあるからです。そのリスクを完全に回避するには、ハイテクを利用するよりも大きなコストがかかるでしょう。
 今回のアメリカの戦略は、イスラム原理主義者のテロリストとそれを支援するタリバン政権を武力鎮圧するのが目的です。しかしアメリカがその目的を遂行できるかどうかは専門家の間でも意見が分かれています。世界中の原理主義過激派がネットワークを結び、アメリカの「現存のルール上での」圧倒的なパワーと一方的な主張に屈辱と怒りを覚えている無数の人々やグループの一部がそれに追随したら、世界中がテロ(ルール無視の主張)だらけになってしまいます。その防御のため流通コストは跳ね上がります。ハイテクを用いた現在の生活自体を見直す必要に迫られるでしょう。
 一定のルールの下で勝ち目のない不利な戦いを強いられている者の一部が、その「ルール自体」を無視することで目的を達成しようとする行為は、根絶しようがありません。現在のような権力や富の偏在が続く限り、暴力的原理主義者は必ずや出現し続けるでしょう。
 現在のルールにおいて「持てる者」が「持たざる者」に一方的な主張を行い、互いの意見の尊重と相互貢献の精神をおざなりにするならば、ハイテク社会の存続は不可能となります。
 「テロを根絶する」ということは、ブッシュ大統領のいう「報復、制裁」のみで達成されることはありません。無論、暴力は必罰であるべきです。しかし現行ルールにおける富や権力の偏在を是正していく、すなわち持てる国々がそうでない国々とコミュニケーションを密に行い、相互貢献するなかで「手放していく」という長期的ビジョン抜きでは泥沼のテロ地獄に陥る可能性があるのです。
 まともなコミュニケーションの輪を確実に拡げていく戦略なくしてもはや平和はありえません。差別や一方的外交などもってのほかであり、そもそもハイテク社会と両立し得ないという認識が必要でありましょう。