第50回 現代社会と心身疾患(1) うつ病(上)

《激増するうつ病》

 筆者の心療内科クリニックで最も多い疾患がうつ病です。眠れない、仕事が思うようにはかどらない、意欲がわいてこないといったことや、検査上大きな異常が見当たらないにもかかわらずさまざまな体調不良が持続するといったことでも来院されます。近年非常に増加した印象です。うつ病はよく知られた病名ではありますが、どのような病気かということについては、いまだに誤解が多いようです。
 気分が悪く朝起きづらかったり、気ばかりあせって何もできなかったり、いらいらする様子だけをみて、この病気の原因を「怠け」や「性格の問題」に帰してしまう誤りは、周囲の人だけがしているのではありません。実は本人自身もそのように誤解していて「これではダメだ」「なんでもっと頑張れないのか」などと自分を責めていたりするのです。
 うつ病の本質は「働けないこと」にあるのではなく、実は「休めないこと」にあることをみなさんに知っていただきたいと思います。

 

《「休めない」悪循環》

 現代は非常に変化の激しい時代です。そしてその変化への対応を常に迫れています。以前のように慣れた環境と生活スタイルを長期間維持することは困難になってきました。
 人間にとって「変化」とは楽しかろうが苦しかろうがストレスには違いなく、不安緊張を生み、エネルギーが動員されます。
 転居や転職、結婚や離婚、パートナーの病気といった大きなことだけでなく、人事異動や業務内容の変化などであっても、人によっては非常に「休みにくい」状態となってしまいます。常に緊張が高く、リラックスの時間がもてないため、同じことをしていてもこれまでよりずっと疲労を感じます。質のよいリラックスの時間がもてなくなると、集中力が落ちてきます。緊張度は上がっているのに仕事がはかどらない“空回り状態”となります。このような状態にアセリを感じて余計に頑張ろうとするため、さらに空回り状態と疲労の蓄積がより一層顕著になります。

 

《修理ではなく「ケア」を》

 そのような悪循環の結果、身体のバランスはどんどん崩れていき、気分は不良となり、各種自律神経症状が頻発します。このような状態に対して、胃が痛いから胃薬、頭痛がするから頭痛薬、眠れないから眠剤、めまいがするから・・・という具合に薬を飲んだとしても本格的に体調が回復することはありません。
 「痛み」が出たら、鎮痛剤だけではなく、その痛みが生じてしまう生活全般を考慮しなければなりません。再び無理をするための「修理」ではなく、生活全体でバランスをとっていく「ケア」が必要となるのです。
 次回はうつ病にとって薬とはどのような意味があるのか、また回復に必要な環境づくりなどについて触れながら、潜在する多数のうつ病予備軍の人たちに役立つ情報を提供したいと思います。