第35回 嗜癖の時代(4) アダルトチルドレン(上)

《アダルトチルドレンの歴史》

 アメリカのアルコール医療現場で生み出された概念の中で、「共依存」とともに一般に浸透したのが「アダルトチルドレン(AC)」という言葉です。専門施設のスタッフたちは、嗜癖者家族との面接の中で、よい子で自己主張がない子どもたちに注目しました。騒がしい親たちが繰り返す毎日のどたばたの傍らで、彼らの多くはまるでその場に居ないかのように静かでした。
 スタッフたちは彼らを「アダルトチルドレン」と呼びました。これは adult children of alcoholics(ACoA)の略です。つまり「成人(adult)したアルコール依存症者の子ども(children of alcoholics)」という意味です。
 このACについて書かれた本が80年代初頭にアメリカで出版されました。当初は自費出版に近い形であったものが、瞬く間に売り切れ、それが重なってついにはミリオンセラーになりました。
 著者すら首をかしげたこの本の異常な売れゆきは、購入していたのがアルコール医療の専門家ではなく、ACの特徴の中に自分自身の姿を見て、自分の生きづらさの理由を見いだした人々であったからです。そのようにしてACという概念は多くの人の生きづらさに形を与え、その癒しに道筋をつけることになり、その回復を目指した自助グループが全米に広がりました。
 そしてACを自認した大統領(ビル・クリントン)まで登場しました。彼の母親は数回の結婚と離婚を繰り返し、その相手はアルコールや暴力などの問題を抱えていたため、ビル少年は母親をかばって共にガレージに寝るようなことがあったようです。彼の弟は薬物依存症です。このような生育歴が秘匿されるどころか逆に有権者の共感を呼ぶまでになっていきました。

 

《ACの特徴》

 子どもは周囲からの視線によって自分の存在の意味を読み取らざるを得ません。アルコールなどの問題を抱えた家では、子どもが本来得られるべき承認が不十分となります。
 父親がアルコールのことで頭がいっぱいで、母親の方も夫のアルコールのことで頭がいっぱいというような状況は、子どもにとって自分が世界に受け入れられているという感覚が育まれる環境ではありません。それどころか自分が何か世界に対して申し訳ないような違和感のある存在のように感じられるようになります。
 そのような自己イメージをもつ人たちは、自分の感情を抑圧せざるをえません。そのため「大人しいよい子」になるのです。
 このような人の言動は安心感のなさと、それを守るための苦しい努力で特徴づけられます。たとえば人の顔色に敏感で周囲の期待に沿った行動をしようと躍起になります。それが本人にとって明らかに苦しいものであったとしてもやらざるをえないのです。
 そして人に「NO」が言えません。その裏返しで、他者からの非難や叱責に著しく敏感です。それが温かいものであったとしても耐えられないほど傷ついてしまい、彼らを突飛な行動に駆り立てたり、引きこもったりさせてしまいます。
 また彼らは完璧主義者でもあります。人の目が怖いからですが、完璧を目指し、いつも緊張している彼らは結局何もできなくなってしまいます。そして彼らはいつも誇大な自分を空想しています。圧倒的な力や魅力により周囲に認められ、決して見捨てられず、いつも人の輪の中心にいる自分を夢見ているのです。
 このような極端な自己愛性は彼らの対人関係を苦しいものにしてしまいます。

 

《なぜACが広まったのか》

 アメリカのアルコール医療現場の「方言」のような形で始まったACが、これだけ広く使われるようになった背景には、アルコール問題に限定されない現代の多くの家族が抱える問題に一つの形と回復の道筋を与えたことが大きいでしょう。
 ACとは生きづらさに悩み、その理由を理解しようという努力の末にたどりつく一つの自己認識です。決して「育ちが悪い」というレッテルを自分や他人に貼るためのものではありません。これまで理由なく抱いていた自己不信や違和感を払拭し、いきいきとした自分を取り戻すためのキーワードとなりうるものです。
 次回は日本の現状や回復の道筋についてもう少し詳しくふれてみたいと思います。