第24回 米子乳児虐待死亡事件(5)
“止まり木”求め さまよう心(山陰中央新報) | 2001年2月17日
平成11年11月6日、Cちゃんが生まれました。両親のA夫とB子は、そのままの自分を受容しにくい生育歴をもっていました。さらに転勤、結婚と親や友人、知人と離れ、慣れない環境で孤立していました。自分を大切にしにくい、周囲から自分が大切にされていると捕らえにくい環境では、子どもをかわいいと感じることが難しくなります。いつも思い通りにミルクを飲み、あやせばすぐに泣きやむという子どもはいません。それを受け入れる余裕を作れない際には、必然的に“怒鳴る、叩く”という形で力を振るうか、ネグレクト(無視)してしまうことになります。
Cちゃんは間もなく両親とは別室で寝かされるようになりました。夜泣きのためです。Cちゃんを残して両親が外出してしまうことなどもあったようです。年が明けた1月中旬ごろから、Cちゃんはたびたび殴られるようになりました。
その後、A夫の両親は息子が結婚して子どもまでできている事実を知り、米子まで訪ねてきています。そしてA夫の借金を払ってあげるなどしたようです。それにはホッとしたA夫も、親に現状を知られ「きちんとした生活」を求められるプレッシャーに追い詰められていきます。「自分の苦しさをだれも分かってくれない」という不満が高まっていたようです。そしてCちゃんを叩く程度がエスカレートしていきました。
平成12年3月7日夜、「ミルクを飲まない」Cちゃんを両親は交互に殴りました。A夫はソファに放り投げ、腹部を殴るなどしました。その暴力がきっかけで7日深夜、病院に搬送されたCちゃんは、そのまま3月9日早朝亡くなってしまったのです。
≪虐待防止に向けて≫
まず皆さんに強調したいことは、A夫やB子が異常人格でもなければ、特別に暴力的な人間ではない点です。彼らのような生育歴や自尊心の持ち方は、現代日本ではありふれており、健康かどうかはともかく、数的にいえば「普通」の範疇を超えるものとは言えません。言い換えれば、このような事件は子育てに伴って“だれもが”起こしうるということです。今後私たちが取り組むべきはどのようなことなのでしょうか。
今回の事件後、乳幼児健診を受けようとしないケースに対する認識には変化がありました。保健婦、児童相談所などが必要な対応を検討することが始まっています。また、虐待防止のための民間ネットワークも近年、各地で設立されています。保母、教師、医師、弁護士などが集うこのような民間ネットワークは、人事システムの面から専門性に難点を抱えやすい公的機関の弱点を補うなどの意味があります。このような虐待そのものを扱う活動においては「かわいそうな子どもを鬼のような親から救う」という見方では決して解決しません。大切なのは「虐待というのは切羽詰まった親のSOSである」という視点です。たとえ深刻な虐待のため親子を強制的に分離する処置をとる場合でも「あなたに対して今われわれができる最大の援助は一時保護です」という姿勢で行います。決して「親失格」の烙印ではないのです。
親の精神衛生の向上は、虐待予防上もっとも大切なことです。これを悪化させる要因はさまざまですが、私たちの認識一つで良い方向に向かうものも多いのです。例えば「転勤」。これが行われる度に、家族成員すべてのさまざまなネットワークが断たれてしまいます。精神衛生に与える悪影響はもっと認識されるべきです。
さらに育児に関する神話も疑う必要があるでしょう。親を追いつめているだけのことも多いからです。子育てをする母親に実質的な援助もロクにせず、「保育園なんぞに入れては子どもがかわいそう」などという人々は、親に虐待を強制しているといっても過言ではありません。周囲の援助もないままに「母親だから」というだけで“子どもと監禁”されている女性は実に多いのです。そのような状況で無理に子どもと一緒にいても、必要な量と質の関心をもって子どもを見守ることは不可能です。アビューズやネグレクトをしてしまう機会を増やすだけでしょう。
「自分の存在を周囲は受容し、喜んでくれている」と子どもが感じるためには、見守る親の方にも十分な余裕と精神衛生が確保されている必要があるのです。