第8回 佐賀バスジャック事件(7)

 今年3月4日、少年の部屋から刃物や犯行声明文のようなメモを発見した両親は、精神科病院や警察に少年の保護を求めて電話し、いずれも拒否されています。普通、精神病状態が明りょうでないこのようなケースでは、まず強制入院にはなりません。明らかな病気の根拠が診察で得られない以上、強制的な入院治療に踏み切らないことは当然でしょう。ほとんどの家庭内暴力や反社会的行為は精神病が原因ではありません。これは殺人事件の犯人のほとんどが精神病ではないのと同じです。

 

《適切な対処とは》

 もしこのまま両親にその対処がゆだねられていたとしたら、どのような展開となっていたのでしょうか。まずいことをしたならば、中学校襲撃が実行されていたかもしれません。あるいは案外いい対処が行われ、事態は改善の方向に向かったかもしれません。筆者が適切であると考えるものとして提案するのは、親世代の連帯により彼の反社会行動をとにかく阻止することです。親せき、隣近所、友人、知人などに片っ端から頭を下げ、「息子が中学校を襲撃し、人を殺すというようなことをいっております。警察や病院は相手にしてくれませんが、このまま愛する息子にそのような犯罪をさせるわけにはいきません。しかし私たち夫婦だけでは力不足。何とぞお力をお貸しください」というのです。それを受けて「あんたの息子にそんなことはさせられない」と協力してくれる近所のおばあさんとかが「そろそろ”発作”はおさまったかい?」などといって、差し入れを持ってきてくれるような状況をつくるのです。

 

《より広い親世代の連帯を》

 これまでの日本の社会において実際に子どもを抱え、規範を教えていたのは家庭ではなく、主に地域の年長者たちです。ところが、近年それが崩壊した。それゆえに家庭で抱えきれなくなるとすぐに警察ざたになってしまうのです。臨床医の筆者は、体裁ばかりが支配的な仮面家族のような家庭で、子どもの病気や問題行動が夫婦の連帯を強めることに働いて、問題が解決していくことをしばしば経験します。さらに、ひどい家庭内暴力のうえ、親が逃げたら家に火をつけてやるとかいっているようなケースでは、夫婦のみならず隣近所から親せきまでの「より広い親世代の連帯」が成立して解決に向かうことも見聞しています。このような現象を参考にすると先に述べたような対処法になるわけです。
 それでは、佐賀のようなケースを、もし入院という手段を用いて対処するならば、どのようにしたらよいのでしょう。次回はこのことについて触れながら、事件の経過を追ってみたいと思います。