第119回 「思考停止」症候群(4)~発展と共存~

《「道具」とは何か》

 「道具」を発達させ、ハイテク文明の道を選択した人類が共存・共生していくためには、システム論的な思考は不可欠であるということを以前述べました。
 道具というのは「合理的」な産物であり、因果律的・直線的思考の産物です。これは「原因があり、結果がある」という考え方です。ですから必要な「結果・目的」を得るために、それにつながると考えられる「原因」を徹底させるのです。道具というものは目的に向けた行為のプロセスをバイパスします。私たちが生きるハイテク文明には、このような考え方と道具があふれているのです。

 

《ハイテク文明のリスク》

 半村良氏の「太陽の世界」という小説があります。これはかつて南太平洋に存在したとされる巨大大陸における高度文明の誕生から滅亡までの二千年の歴史を描くという壮大な物語です。残念ながら半村氏は昨年亡くなられ未完のままですが、そこで中心となって描かれるのは、唯一神「自然(ラ)」の教えに従って生きるアムという一族の軌跡です。すべての道具を自然に反するものとして忌避し、武器をもって迫害してくる他部族から逃れ、理想の地を目指して旅していた初期の時代から、驚くべき超能力をもつモアイ族との出会いと混合、そして大きな発展へと向かう中でのさまざまな変化がアム族に生じます。彼らはその発展と隆盛の過程で、かつては存在しなかったさまざまな悩みを抱えていきます。
 「かつては存在しなかった悩み」の中核となるのが「共存・共生」です。人同士のささいな対立が「ハイテク」によって複雑かつ大規模な衝突となり、後戻りできない憎悪の泥沼が現出します。また悪魔(デギル)が「聖なる者」から生じ、いくら抹殺しようとしても決して抹殺できず、執拗(しつよう)に抹殺しようとする聖者の姿こそ最も「正義」から遠ざかるという姿が描かれています。何やら今回のイラク戦争のようではありませんか。
 スイッチを押すだけで、一人の人間どころか一国ですら抹殺可能なハイテクを手に入れている人類は「生態系」からみてまさに滅びの危険があります。悪者の「肉食獣」を駆逐した結果、草食獣の極端な増殖によって植物が食べ尽くされ、草食獣も肉食獣も滅びてしまう…そのような愚は繰り返されています。今回の戦争についても、米国としては民主主義を目指す「正しい」自分たちが、石油利権を確保し、強くあることは、国際平和にもつながる「良いこと」であるという認識をしているでしょう。その目的のためにハイテクをもってフセイン政権を抹殺しました。米国は合理性を重んじ、戦略的な国です。しかしいくら戦略的にシミュレーションをしても限界があるでしょう。目先の目的に突き進む「合理性」には大きなリスクを伴います。ハイテク文明は、便利さ快適さ以上の大きなリスクと膨大な思考の負担を要するのです。それでも「システム」を思考しきることはヒトには不可能であり、それは膨大なコストをかけている米国といえども例外ではありません。そしてその米国に何も考えずに追従する日本の運命はまさに「大海に浮かぶ小舟」のような状態といえるでしょう。
 大きな合理性の剣を振るえば、かならず大きなリスクを伴います。私たちにできるのは「正義-悪」のような自然界には存在しない単純な図式や極端な合理性に常に疑問を持つことでしょう。単純な図式での思考停止的追従をやめ、システムでものを考える円環的な思考様式をしていくべきでありましょう。