第109回 心の病とはなにか(1)~病者と社会~

《時代とともに変わる病気》

 病気とは外部環境とのやりとりの中で、個体側の調和・秩序が乱れた状態です。外部環境とは気候から社会制度、人間関係に至るまでさまざまな外部システムを含みます。「切れた、折れた」というような体質や社会環境などとはほとんど無関係にどの時代にも存在するわかりやすい病気や怪我とは異なるものが現代では多数出現しています。時代とともに「病気」も変わってくるのです。
 かつては外敵との闘争において合理的意味を持ち得た「高血圧」も、闘争の内容が精神的なものがほとんどとなった現代では単なる病気でしかありません。同様に、乏しい食料の中で血液中にエネルギー源を維持できる体質の人々は、飽食の時代にあって「糖尿病」という病気を抱えることになるのです。
 最近特に目立ってきた病気として、アレルギー性疾患があげられます。これは本来なら外部からの外敵の侵入に対抗できる立派な免疫能力をもった体質の人が、あまりにも清潔すぎて寄生虫もバイ菌もいない環境の中で、花粉、ダニ、自分自身の身体など本来は反応しなくてもいいようなものに対して免疫が反応してしまうことから生じているのです。
 アトピー性皮膚炎や花粉症のような病気の激増で考えるべきは私たちの「体質」だけではなく、異常に清潔な環境そのものでもあるでしょう。

 

《心の学問の役割と限界》

 近代以前の精神病状態とは「神の訪れ」とでもいうべき聖的なものとしてとらえられ、社会の中に包含されていました。しかし17世紀半ばを過ぎた頃、社会が非常に狭い意味での「合理性」で運営されるようになると、狂気は秩序の撹乱因子みなされ、貧困者や犯罪者などと共に大規模施設に収容されるようになりました。排除の理屈でもって秩序を維持しようとしたのです。やがて本格的に医療の対象として認知されることで、隔離から解放へと向かいました。
 他の精神医学的な病気についても、一般的な「外科学・内科学」の対象となる疾患と比べ、さらにいっそう社会環境の変化を如実に反映します。実際ここ20~30年の間に、精神医療の現場は大きく様変わりしているのです。
 拘束力の強い共同体が崩壊し都市化が進む中で、統合失調症(精神分裂病)が顕著に軽症化しています。その一方で、摂食障害(拒食・過食)のように30年前にはほとんど認知されていなかった「新しい疾患」が次々と目立ってきています。その中には「人格障害」などの医学モデルとして扱う(精神科医が治療対象とする)こと自体に確実なコンセンサスのないような「病気」まであります。
 いずれにしても精神医学などの心を対象とする学問の役割は、現行の社会、職場、学校、家族などのシステムにおいて不適応を起こした個人に対し、さまざまな形で適応の手助けをするためのものです。そのため個人の行動や症状のベースとなる認知、思考、感情、さらに体質や気質、神経伝達物質のバランスなどを中心に扱います。
 心の学問には大きな役割とともに限界があります。その限界とは、個人もしくは周囲の少数の人間にしか働きかけられないという点です。不適応の問題を考えるならば、当然のことながら「かくあるべし」と個人に迫る外部環境(社会、学校などのシステム)自体の妥当性も常に検討すべきでありましょう。