第78回 「パワー」から「コミュニケーション」へ(9)~男たちの憂うつ(中)~

《家族とはそもそも何か》

 人間は他の動物のように生まれた直後から動き回ることができません。非常に未熟な状態で生まれるため、他者からの濃密で極端に長い保護を必要とします。10年以上にもわたる長期の保護を次々に生まれる子どもに与えざるを得なかったわけです。昔は今のように平均寿命が長いわけではありませんでしたから(縄文人で30歳程度)、必然的に人間は生涯のほとんどを子どもという自分の力では生きられない存在を抱えて生きていたのです。それが家族というものを必要とした理由と考えられます。またそのような家族・社会体制を整えることが、ますます脳だけを極端に発達させた「未熟児」出産を促進させたのかもしれません。
 つまり元来家族とは子どものために形成されたといってよいでしょう。しかし一般的な家族のイメージである「太古より人間は男が外で食料を得て、女は家で育児・家事をしていた」というのはどうも実際は違うようです。男たちが外で得てくる肉などは微々たるもので、総摂取カロリーの大半は女たちが拾い集めた木の実であったりしたのです。それに飢餓が現実のものであった時代において、女性が育児や家事のみをやって食べていけることなど物理的に不可能でした。男女が懸命に働いて何とか食べていたという時代が人類の歴史のほとんどであったのです。「専業主婦」というものが一般的になったのは、ここ数十年のことに過ぎません。もともと男が外に出ずっぱりになることを前提としている家庭や社会の在り方は「戦争」に適したシステムです。そのようにして経済戦争を戦った日本は驚くべき速度で経済大国になりました。しかし諸外国から「日本人は経済以外のことに関心はないのか」「何を幸せに思って生きているのか理解できないエコノミックアニマルだ」という冷ややかな目でみられたのです。

 

《妻子を養うのが男?》

 「男は妻子を食わさなければならない」と刷り込まれてきた男たちは「男らしくあること」に強迫的になっています。なにしろ社会全体が「男が家族全員の生活費を稼ぐ」ことを前提として構築されているのです。税制は「女性は働くにしても100万円以内にしなさいね」といっていますし、年金も「文句を言わず夫を支えていれば悪いようにはしない」とあからさまに表現しています。給与にしても男性のそれは「世帯全部の生活費」が賄えることを前提としているので高いのです。一方で、女性の賃金は「その収入だけで生きる」ということを前提としていないので低く、また専業主婦のパート労働は、自分の収入を頼りに生きようとする女性の賃金を圧迫してしまいます。そのようなことから女性の間でも近年「専業主婦」をめぐる論争が絶えないのです。
 このように並べていくと現在の「男性が外で稼ぎ、女性を専業主婦にしておく」ことを前提とした日本の社会・家族システムが男性にいかに大きなプレッシャーをかけているかということが見えてきます。またそのために余裕を失った男性が原因で、女性もまたどれだけ深刻な被害を被っているかということも視野に入ってくるでしょう。
 現在のような無理な体制を維持することができないのは明白です。近い将来「男が稼ぐ」ことを前提とした体制は崩壊するでしょう。男性の賃金がどんどん下がり、女性が専業主婦でいられなくなってますます外に働きにでるようになっていきます。「戦争」に疲れた上に、このような必然的な流れに男性が傷ついていたら大変です。今の男性は上手に従来の「男らしさ」を手放していく必要に迫られているのです。