第40回 嗜癖の時代(9) 拒食症・過食症(下)

 人間にとって最も苦しいことは孤独であることです。人間が人間である以上、他者とのつながりのない状態では生きられません。そのためにはどんな努力も惜しまないのが人間です。
 飽食の時代に拒食して飢える女性たちが続出するのも、あまり動かなくてもいい時代にエクササイズをやめられずにボロボロになるまで運動をやり続ける人が多いのも、実は人間のこの本質に由来します。

 

《自己コントロールの蟻地獄》

 摂食障害などの嗜癖は「このままの自分では人に受け入れられない」という不安や恐れから生じます。「このままではいけない」という思いは、過度の自己コントロール欲求となり、「こうでなければならない」という強迫観念が人を支配します。
 若い女性ならば「カワイイ」「良い子」「達成や成功」などの条件を満たすような自分を作りあげようとするのです。
 このような変化が激しい時代、よくも悪くも現代を代表する国であるアメリカにおいて、いかに自己コントロールが尊ばれていることか。著しい痩身信仰やパワー信仰、健康ノイローゼはいまやアメリカのみならず全世界に輸出されています。まるで人間として自然にわいてくる食欲や感情で穏やかに生活していてはいけないかのようです。
 太っていることは怠けであり、ダメな人間であるような気がする。自分の食欲のままに食べたらとんでもない体重になってしまう気がする。このサプリメントを毎日飲まないと健康が保てない気がする。運動を少しでも休むとげっそりと体力が落ちた気がして落ち着かない。常に何らかの成功をおさめていないと気が気でない。
 このような状態で子どもをもてば、それは当然自分の子どもに対する見方にも反映します。
 「甘やかすと止めどもなく甘えるようになりダメな人間になってしまう」という不安のために、子どもから自然にわいてきたものをまず疑ってかかる否定的で緊張感のある態度につながるでしょう。
 生きることのほとんどが食べものを得るための活動であったシンプルな時代が過ぎ、無数の価値観が存在する時代となりました。われわれは激しい変化の渦中にあり、「自分はこれでいいのだ」という安心感が非常にもちにくく、自然にでてくる自分の欲求や感情を素朴に満たしてあげることすらやりにくくなっています。
 自己肯定感の脆弱性を抱えた人々は、世界の中で自分が安心していられるために、無数の価値観に挑戦し、主要なものを全て制覇しようと試みます。そして自己コントロールの蟻地獄にはまっていきます。

 

《回復に向けて》

 このような現象は、倒錯しているためにわかりにくいですが、人とのつながりをもたずには生きられない人間の本質に根差しています。それは「愛」というものと同じ源泉から生じています。
 嗜癖からの回復は人間関係の回復です。人間関係で大切なことは自己コントロールやパワーではなく、そのままの自分と人を信じることです。
 人を信じない妄想よりも信じる妄想の方が人を幸せにするでしょう。