第37回 嗜癖の時代(6) アダルトチルドレン(下)

 見たもの感じたものをそのまま表現することがためらわれ、触れてはいけない話題が多すぎる機能不全家族では、子どもが周囲とのコミュニケーションの中で安心感を育てていくことは困難となります。そのような雰囲気の中の強固なルールに従った「役割」に自分を押し込めようとする日々の努力の結果、一人一人が自分を見失っていきます。

 

《理想家族における機能不全》

 「機能不全家族」について、みなさんの中に誤解があるかもしれません。アルコールや薬物問題を抱える家族の一部はみなさんが想像するように確かにあからさまに「荒廃した家庭」という様相を呈しています。しかし多くの機能不全家族はそうではないのです。外からは理想的な家庭のようにみえる場合すらあります。ひょっとしたら内部の家族すら「我が家は理想的な家庭」と思い込んでいるかもしれません。理想家庭とは自分自身が居心地のよさ、気持ちよさを実感できるような意味での「理想」ではありません。自己肯定感の脆弱と自己不信から生じる不安から身を守る意味での理想なのです。つまり他人の目からみて非の打ち所のない自分と家族の状態を維持するために、自分や家族の中で生じる自然な感情や行動を厳格に統制しているのです。しかしそのような不安が強ければ強いほど、完璧に統制しようとすればするほど「問題」が生じてきます。

 

《理想家族の中で生じる諸問題》

 会社で「“仕事ができる”という仕事」に忙しい父、「いい妻」「いい嫁」でかつ外での仕事もこなすハード過ぎる毎日を過ごす「良い母」、「良い子」の兄弟などに囲まれて子どもたちは生活しています。最も無理をして完璧にその役割をこなそうとするのは、最も立場の弱い子どもであることが多く、そのために子どもの無理が破綻し、「良い子」として機能できなくなってしまう状態に陥ることがしばしばです。家庭内暴力やひきこもり、さまざまな嗜癖、強迫症状など「問題」の種類は多彩ですが、そのような問題を引き起こすことによって、自分の問題として家族の問題を引き受け、家族全体の破綻を防いでいるようにすらみえます。
 また、表面上は破綻せず「良い子」のままであっても、自分を押し殺した長年の生活のために自身の感情も生きている実感も感じられず、悩んでいる若者が多数いるのです。アダルトチルドレン(AC)という概念に反応したのはこのような日本の「良い子」たちでした。

 

《回復に向けて》

 人間は他者とのつながりなしに生きることはできません。しかし人から見捨てられないために、自分の感情や欲求を失う必要のあるシステムというのは幸福とはいえないでしょう。現代を生きる多くの人々が自分にはパワーが足りないと考えています。自分の自然な欲求や感情を抑圧・否認し、不安にまかせてやみくもにパワーを求める結果、アルコールや食べ物やギャンブルなど意味不明の「過度の欲求」に翻弄される人々が増えています。私たちに足りないのはパワーではなく安心感であるといえるでしょう。幼少期からの早すぎる役割分担のために、自分からわいてくるものをそのまま表現し、それを丁寧に聞いてもらうという体験があまりにも少ないまま大人になっています。現代に生きる私たちはみな、良いも悪いもなく自分という存在から生じてくる気持ちを語りあえる場を必要としているのです。