第28回 ドメスティック・バイオレンス(3)
“止まり木”求め さまよう心(山陰中央新報) | 2001年3月17日
父親が母親へしばしば暴力を振るうという環境は、被害者の女性だけでなく子どもにとっても大きな緊張を伴うものです。当然、加害者である父親に対する恐怖を和らげるための心の動きが子どもたちに生じます。自分を守ってくれる唯一の存在である母親を守ろうと必死で「小さなカウンセラー」をやる子もいれば、「小さな暴君」となって母親を非難するようになったりもします。今回は、DVという環境が生じさせる子どもたちへの影響を考えてみましょう。
《ストックホルム症候群》
1973年、スウェーデンのストックホルムで強盗が銀行を襲い、犯人は数人の人質を取って立てこもりました。1週間にも及ぶ犯人と警察との対立の後、ようやく人質が解放されました。その後、不思議な現象が起こります。犯人に対して怒っているはずの人質たちが、口々に犯人をかばうような発言を繰り返し、さらに救出した警察への非難まで口にしたのです。その上人質の1人であった女性が、犯人グループの1人と結婚してしまいました。このように犯人との接触時間が長かった際などに、被害者が持ってしまう犯人への必要以上の同情や好意を指して「ストックホルム症候群」といいます。
これは被害者の心に犯人への「同一化」が生じたためです。大きな恐怖を 与えられている犯人と心理的に“お仲間”になることで、恐怖はずいぶんと 緩和されます。恐怖と無力感が大きいとき、人にはこのような無意識の防衛 機制(心を守る心の働き)が生じるのです。このような心の働きの結果、犯人への同情や理想化、警察への憎悪などが生まれたのです。
《DV、その家の中で》
これと同様の現象が、暴力の緊張が支配する家庭にも起こります。例えば男の子が暴力夫と同じように母親の言動を非難するようになったりします。加害者の父親側に同調することで、恐怖を和らげているのです。女の子は「わたしは母のようにはならない。愛される女になる」という枠組みを持つことで、父親に気に入られるように頑張ったり、やはり母親を非 難したりします。「小さな暴君」も「小さなカウンセラー」と同様で、その 家に蔓延している暴力の恐怖と緊張から逃れようとしているのです。
《人間関係のモデル》
子どもたちにとって、両親の夫婦関係は人間関係の最初のモデルになります。暴力のような一方的な表現が支配するコミュニケーションに日常的に接していると、当然のことながら「パワー」が人間関係の決め手であると思うようになってしまいます。自分が人に受容されるであろうという基本的な安心感が乏しくなり、常に高い緊張を持つようになります。学歴や職能といったパワーの追求に偏り過ぎたりして、人に心を開かない構えを形成します。人との関係は常に緊張感が伴うものとなります。自分が結婚して夫婦関係を築いていくという発想が持ちにくくなったり、次世代のDVの加害者となりやすくなります。
このような子どもたちにとって、人間関係における基本的な安心感こそが何よりも必要です。人は優しいものであるという体験が彼らを癒していきます。それにはまず、周囲のわれわれが被害女性を援助する姿勢を明確に持つことが急務なのです。